カタマラン艇「若水」で温めていたロングクルージングを実行

ヴァヌアツ

バヌアツ

みなさん、こんにちは。現在、ヴァヌアツに向け航行中です。
イリジウム電話からライブな情報をお送りします。(写真も後から追加しました!)

ウベアを出航・・いよいよ隣国ヴァヌアツ

1月18日(日)朝8時、アンカーを揚げて隣国ヴァヌアツへ向かいます。
乗員クルーのニライ君を除いて他3名、二日酔いでの出航でした。

前夜深夜までウベアの愛さんと、若水船上で大呑み会をしたからですが。

ウベア島北端のパスまで2時間、晴天微風の中機走です。

パス直前、両舷から出している釣竿にほぼ同時にヒット、3キロ 7キロのロウニン鰺でした。
少しだけ身を頂いて残りはレッコです。

パス(水路)を出て、メインセール及びジブセールアップ 東風16ノットとても良い走りでしたが
ほんの1時間で風が前に回り、機帆走になりました。

夕方には北北東に風が変わり雨まで降り出し、真上りになり風力も20ノットを超えて、小さい時化という感じで良く揺れます(苦笑)。

19日(月)北北東の風と雨に苦しめられた夜が過ぎても、まだまだヴァヌアツは遠くにあります。
調子がよければ今日の昼前に到着予定でしたが、この分ですと明日朝到着と思います。

亮兄さんの誕生日です

今日19日は、宮古島から参加の亮兄さんの誕生日で、ヴァヌアツ・ポートヴィラのレストランでヴァヌアツ牛のステーキを食べる予定でしたが、若水船上で夕方から誕生パーテーをします。

毎年誕生日から1ヶ月断酒をする亮兄さんは若水下船後、断酒を開始するそうです。

理由は・・若水には多量のビール・ワイン・などアルコールが搭載されていて・・
荷の軽減に協力したい」との亮兄さんの申し出を、若水艇長が快く承諾した経緯があります。

亮先生誕生日

昼前から、ヌーメアのマサさんや私が快調にビールを空けるのを見て
亮兄さん、宮古島アラガガマ精神を発揮して一緒にビール飲みに参加です。

ヌーメアから参加の堀さん、とても楽しんでいます

マサ兄こと堀さんは
久しぶりの、クルージングが楽しくて仕方がないという感じで、チャートワーク(海図)やデッキワークを身軽にこなしています。

その合間にビール消費をしながら

  • 「なぜ日本は極東の島国なのにあんな成長を遂げたのか?」とか
  • 「この不況を各国どのように乗り切るのだろう?」とか

若水シンポジウム座長をも務めてくれて、勉強になります。

若水 昼から酔艇長  菅原 廣


バヌアツ・ポートビラ入港

無事ヴァヌアツーポートビラ入港しました(現地時間朝7時)。
イリジウム電話からのライブ情報です。

この近辺のセーリングは大変です。

振れ回る風向激しいスコールとそれに伴い急激に上がる風力
そして激しい雷、直ぐ近くに落雷すると、周りが一瞬昼のごとく明るくなります。

その雨や音と光を含めて
自然に向き合うは、我々が如何に小さい存在で在るかを今更ながら認識させられます。

夜が明けても、スコールは容赦なく我々を叩きつけてきます。
オイルスキン(カッパ)を通してずぶ濡れの体は、いくら熱帯とは言え芯まで冷えました。

狭い青赤の入港標識を過ぎて
ポートビラの港に入ると全員ホットした表情になり、緊張の糸がほぐれます。

雨の中、全員笑顔でブイを取り、丸二日の激しくもあり愉快な航海を終えました。

亮先生の誕生パーテー

本日誕生日の亮兄さんこと伊志嶺亮先生は
「一度海外セーリングをしながら誕生日を向かえたかった」との事でことのほかご満悦で
シャンパンやワインで乾杯して

  • フランス産生ハム
  • マサさん手作りのからし菜
  • ニライシェフ作の料理を堪能してもらいました。

日ごろの心掛けが良いのか夕方は薄日まで射して、ご機嫌なパーテーでした。

現在、入国手続き待ちです。
ポートビラの町は目の前ですがまだ上陸できません。

若水 艇長 菅原 廣

バヌアツ・ポートビラ入国の顛末

ヴァヌアツ・ポートビラ入国は

  1. VHF「ポータブル無線」で連絡を取り、はじめに検疫を受けてから
  2. 次は税関
  3. 最後にイミグレーションとガイドブックに書いてありました。

検疫官への連絡はヨットが集まるレストランにVHFで連絡することになっているのですが
何度呼んでも返事がなく困ってしまいました。

岸から一艘のボートが若水目指して来ます。

我々は検疫官が来たと思いましたら、なんとその船からウベアの愛さんが出てきて、

来てしまいましたあ!

というではありませんか。もうびっくりです。

どうも宮古島の亮先生がウベアで別れる際、ポートビラにおいでと誘っていたらしいのです。

もうひたすらビックリですが
乗り込もうとする愛さんに、「若水入国手続きまだだから乗ってはダメ」と言って、しばらく時間つぶしをしてもらいました。

すべての入国手続が終了したのが午後3時でした。

急な飛び入り参加の愛さんを交えて夕食は全員で、ヨットを停泊している直ぐ側の、ここでは超有名なウオーターフロント・レストランに繰り出しました。

オーシャンフロントのレストラン:なぜウベアの愛さんがいるの?(笑)

郊外ドライブ

ここは特に観光名所という所は無いようで、一人1500バーツ(1500日本円)もする滝見物、その他見るものも無いのでドライブに行きました。

途中、巨大なガジュマルの木を発見

swfu/d/0901banatsu02.jpg

高さは
20メートルを超え

周囲は
10メートルを楽に
超えていて

樹齢は
2000年は
過ぎているでしょう。



自然の大きさに
脱帽です。

    
この写真は
愛さんが送ってくれたものです。
ありがとう!


あのヴァヌアツ到着の天気がウソのように晴れています。

ここポートビラは「暑い」の一言です。
湿度も高く、明け方蒸し暑さで目が覚めます。
だらだら汗が一日中出て困ります(苦笑)。

ここ数日良い天気との情報を得て次なる目的地を目指します。
次なる目的地はダーマ目黒さんが待つエスプリサントです。


ポートビラからエスプリサントへ

イリジウムメールからの現地速報です。

2009年1月22日午後、ポートビラを出航して北に在るエスプリサント島を目指しました。

南東風15ノットの追い風を受け快適に航海出来たのはほんの3時間ばかり、急に風は落ちてほぼ無風状態になり、その後はひたすら機走でした。途中鰹1本ゲットです。

堀さんは相変わらず、きちんとログをつけています、感心してしまいます。
先生は正座表を若水文庫から見つけて、夜その確認で楽しそうでした。

エスプリサント到着
翌23日午後遅く
エスプリサントの対岸アオレ島に在るリゾートのブイを拾い、今回の旅ひとまず終了です。

それはヌーメアから乗船の堀さんが又飛行機で帰国します。

これからはソロモン・パラオまでは私(菅原)、ニライ君、亮先生の3人の旅です。
慎重に行きましょう。

愛さんニューカレドニアに帰国

ポートビラまで来てくれたウベアの愛さんは当然サントまで同行予定でしたが、飛行機もフェリーも満席でどうにもならなくて、泣き泣き分かれました。
堀さんも帰りが大幅に遅れるのですが、サントまでは行きたい!とのことで27日(火)帰国予定です。

ここでダーマの目黒さんと再度の合流です。
皆で再会を祝してリゾートのレストランで乾杯食事会でした。


東洋系の青年大富豪と知り合う

目黒さんが、「一足早くエスプリサントに入っていて退屈だからと、ホースライデング(乗馬)に先日行ってきたのだが、オーナーが東洋人できれいな日本語を話す。

我々がサントに着いたら牧場で「ロブスターや子牛・子豚・をつぶしてバーベキュウとしてくれる」と、えらい豪勢な話をするのでした。

「しかし到着日が昨日だと思い、今日招待されていたんだが断ったのよ」
と、食事をしながら言うのでした。

まあ明日もう一度、乗馬を兼ねて皆で行ってみることにしました。

迎えの車で向かった先は

左が海、右は行けども行けども椰子の木の茂る・・大農場

海岸を見下ろす小高い邸に行き着くと、決して豪邸ではないものの開け放たれたドアから海が一望出来て、すばらしい眺望でした。

子牛の丸焼き昼食

乗馬の予約しかしていない我々に
「今日は急なので取り合えず子牛を一頭つぶすよう指示しましたが、昼ごはんは2時位になりますから寛いでいてください」という人は未だ若い40歳前の青年?でした。

子牛が絞められる 乗馬でご機嫌亮先生
               

「ここはどんな牧場ですか?」との問いに聞いたあらましは

敷 地 8,000ヘクタール(240万坪)
1ヘクタールは10,000平方メートル・80平方キロ。よく判らないが広いようです

  • 敷地の中に・・3つのラグーン(珊瑚焦の湾
  • 旧米軍の飛行場2つ
  • 9,000頭・・毎月生まれる子牛500頭・・馬200頭(趣味)
  • 野生化した野豚(カウントできない)
  • 原始の森(黒檀・紫檀・鉄木など多数)

そして3つのラグーン(珊瑚焦の湾)は現在
超有名ホテルから建造のオファーが来ているとのこと。
                
そのような話を聞きながら

子牛の丸焼きを、外では無くダイニングテーブルで食べる我々は

きっと「鳩が豆鉄砲の顔」だったと思いますよ。

なぜかダイニングで子牛丸焼き昼食

この大牧場は5年前に手に入れたのだそうです、どうやって?
それも聞いてありますが、内緒です。

あまり現実離れの話はおとぎ話のようですが、続きがあるのです!

若水宴会

夕方、若水にリゾートに宿泊の日本人3人を呼んで食事をする約束をしていましたので
その富豪にも「いらっしゃいませんか?」と招待しました。

約束通り、何がし国、王室ヨットクラブのポロシャツを着て、登場。

夜半まで飲む…話す…笑う…飲む…で時間が過ぎて、帰宅ままならず、若水宿泊と相成りました。

その夜の話で・忘れた方が良いのか・覚えていたほうが良いのか?

色々な話の中で

「若水が宮古島に到着してどうする?」という話から
宮古島に家を作るのよ」という話が出ると

その床材、ベランダ材を自分の木をサンプルで寄付をする」と言い出したのでした。

翌日も同じ話をしていたから、あながち冗談ではないかもよ、本当になったらすごいぞ!

後日談あり。こうご期待!

エスプリサント島

エスプリサント島ブーゲンビル町メインストリート

  • 中国人の経営する商店と
  • 欧米人の経営する不動産会社などで
  • 他にレストランやカフェが10件足らずの小さな町です。

道を歩く人、道端でたむろする人全てがメラネシアの人たちです。

人々の生活はかなり旧来の生活をしているのでは?と思うほど素朴で、道ですれ違ってもハローとか笑顔で挨拶をしてくれます。

私はどこの町へ入っても必ず市場へ行くようにしています

人々の暮らしぶりが見えるようで楽しいからです。
ここの野菜市場には沢山の芋やバナナで溢れているのですが、種類が少ない感じです。

しかし値段は格安で

  • 特大(小児頭位)のグレープフルーツ30円 
  • バナナ人房35円という感じです。

インターネットカフェもあるのですが、回線が遅くて使い物になりません。
その上値段も高く、未だ大衆的とはいえないようです。

堀さんヌーメアに帰国

ヌーメアから一緒にウベア、ポートビラ、エスプリサントと航海を共にしてきた、マサさん事 堀さんが27日夕方帰国しました。

朝から夜寝るまで、ワイワイ賑やかに、語り 飲み 笑い 有意義な時間を共有した友との別れは、寂寥感をお互いに感じてしまいました。

私が次のレグの航程を計算しているのを見て
「一緒にソロモン行きたくなっちゃうなあ!」と言うのでした。

又直ぐ再会です。堀さんの次の乗船予定、決まっているのです。
パラオから宮古島まではまたご一緒航海できます、お待ちしていますよ!

そしてありがとう御座いました。

レストランで堀さんから、若水乗船ありがとう食事会を開いていただきました。
さすが大人ですね。ご馳走様でした。

若水乗船ありがとう食事会

先に紹介した、大富豪からイセエビとカニが届きました。
牧童たちに言いつけて夕べ採らせておきましたということです。

丁度堀さんが帰る日の午前に届いたので、昼は豪勢に刺身 身だけをガーリックバター・味噌汁・冷麦の豪華昼食再送別会を行いました。

大富豪から届いたイセエビとカニ

NRさん大変ご馳走様でした。

28日出航準備をして、明日29日ソロモン ホニアラに向け出航予定です。
航程600マイル、風が触れ回っているので、約5日間の予定です

途中また報告します。

なおダーマの目黒さんは、個々サントでも若水客分で寛いでいます、そしてホニアラへも一緒に航海予定です。



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