カタマラン艇「若水」で温めていたロングクルージングを実行

パプアニューギニア

ラエまで130マイル

2009年3月6日。
午後から夜にかけて、良い風に恵まれ、なんと7〜8ノット超えのスピードがずっと続き
本日7日、現地時間午後3時、残りラエまで130マイルのところまで来ています。

残りラエまで130マイル

ラエで合流することになっている山崎さんは、本日7日夜、夜便で成田を発ち、明日8日午前中にはラエに到着する予定とのこと。
ラエのホテルで1晩か2晩、待たせちゃうかもしれない、と思っていましたが、明日のお昼には現地で合流できそうです。

「若水」も一番長〜い航海を共にした“ヤマちゃん”に早く会いたいと思っているのでしょう。
快調に飛ばしています。先ほど、ヤマちゃんとは衛星電話で「ラエ・ヨットクラブ」でキニーネ入りのジンライムを飲みながら待つように、と、話をしたところです。

えっと、トラブルがまったくないわけではありません。

ループタイが疲労で千切れてしまいました。
そんな予感はあったので、友人に1本準備してもらっていましたので、難なく交換することができました。
千切れたときに、…オープンスナッチブロック………がショックで破損しました。………は波に叩かれているため、………がけっこうきついわけですよ。各ハッチの鍵穴のゆるみから大波が打ち込んだ時に、海水が………に侵入します。………絶えず………していないといけません。

では、では、また………………ご報告します。


パプアニューギニア ラエ(Lae)

この国第二の都市で人口12万。港も商業港とフェリー桟橋そしてヨットハーバーとそろっており
後進国にしてはまずまずの設備です。

ヨットハーバーは新しくヨットは数艇ですがトローリングボートは多く、それも高額(日本円で1億以上)の船が目立ちます。

市街は危険な雰囲気

市街は熱帯の荒野の中に、雑多な低層ビルが1キロ四方に広がり
初めに行った銀行のガードマンの多さと警備の物々しさには驚きました。

又ソロモン ホニアラでもそうでしたが、ただ路上でたむろする人の群れや、空き地に座り込んでいる人の群れはやはり警戒心や用心が必要と思いました!

入国手続きの際、係官から

市内では、物取り・強盗に気をつけ、夜の外出はレストランやホテルの送迎を使い、決して自分達で出歩かないよう言われていましたが、納得です!

私の大好きな市場は特大で近郊から沢山の品々をもって来た売り人と地元の買い人でごった返しています。

ラエの市場 市場のトマト


伯父への献酒

父方の伯父が、ここラエか、山向こうのマダンで戦病死をしています。
ここで食べるものも無く衰弱して、マラリヤで亡くなったと聞いています。

ラエの海を見晴らす丘の上まで行き、

真水・日本酒を献水・献酒してきました。

ソロモン・ガダルカナル以来
私が生まれる4年前に終わった、太平洋戦争の事が脳裏から離れません。

献水・献酒・・合掌



この国にはタクシーが無く
一日中、四輪駆動の車を運転手付きでチャーターしましたので
午後は近郊の部落を見たいと注文して、行ってきました。

で擦れ違う人々は市内でたむろする人たちとは大違いで、とてもフレンドリーでした。

路上での小さい市場に出店する人々の応対は、我々を親しい観光客として

歓迎してくれて、料金も地元と同じ様でした。

運転手のトーア君(28歳)が絶えずチェックしてくれました。

フレンドリーさに気持ちが和む2人 フレンドリーな子供達の笑顔

あまり近郊のドライブが楽しかったので
10日も朝から、別の方向に片道100キロのドライブに行ってきました。

再登場・山さん

民家の家並み

熱帯雨林の山々を見ながら、また色々な部落を通りながらのドライブは楽しいものでしたが
先に書きましたが

伯父はこの熱帯雨林の行軍をしたのだろうか?

もしも、したのなら、次の歌を歌っただろうか?

熱帯雨林にはせる想い

底無き谷を、這いすべり
道無き峰を、よじ登り
今日も続くぞ・・明日もまた
峰の頂き程・・遠し
既に乏しき・・我が糧に
木の芽・草の根・・補いつ
友に進むる一夜は
『サラワット』の月寒し



この軍歌を歌いながら行軍した兵

サラワット山脈越えだけで
約1000名の人が
山中で命を落としている

との事です。

伯父はどこで
命を落としたのだろうか ?



明日、若水は、次なる目的地パラオをめざします!


ベテラン山さんを迎え「ラエ」を出航 

助っ人山さんを迎えて

2009年3月11日。
午前11時、ラエを出航しました。

もう少し早い時間に出るつもりでしたが、出国の事務官が約束の時間に来ないで
1時間遅れて来たと思えば、「スタンプや書類を今から事務所に行き取ってくる」といういい加減さでした。

勿論、検疫官も税関も賄賂を要求するのは当たり前でしたが、税関の賄賂はお金だけでなく
日本のインスタントラーメンが欲しいと可愛らしい面もあり憎めませんでした。

出航以来、風は微風です。

それも絶えず前から吹いてきます。恵まれないスタートですが、昨日はRAWLINSON 山脈(3,000から4,000m)と海岸の景色を堪能しながらの航海でした。

そして今日は

ギニア島とニューブリテン島のVITAZ海峡を通り、パラオ

進路を向けました。

午後には富士山そっくりの島TOLOKIWA島の直ぐ側を走っていると、20から30軒の小さい部落がありました。

20〜30軒の小さい部落

沖にいるカヌーに手を振ると、しきりに寄るように手招きをします。
進路を変えて20分ばかり沖に止めると、子供連れのカヌーが3隻やって来ました。

手招きするカヌー 物々交流

たばことキャンデーをあげて、代わりにバナナをもらいました。
どんな所でも人は生活しているものですね。驚きです!


アドミラル諸島マニス島

2009年3月14日(土)。

ラエ出航以来絶えず向かい風迎え波で、思いのほか燃料消費をしています。
このままパラオまで行く事は可能ですが、針路上に給油出来そうな島があります。

アドミラル諸島マニス島です。電子チャートで確認すると3つの港があります。
そのうち一番大きな町を目指して昨夜から時間調整をして、今日朝一番に入港しました。

我々は
面倒な入港手続きなどはパスして、燃料と可能なら野菜くらい補充したいと考えていました。

入港を見守る現地の人

桟橋に若水を舫い手伝ってくれた大人に「ガソリンはどこで買えるか?」と質問していると
見物のおとなの中から「どこから来たのか?クリアランスはあるか?」と聞いてきた大人がいます。

「あなたはお役人ですか?」と聞くと、「私は検疫官です。直ぐ税官も来ます」というではありませんか。

きれいとは言いがたいシャツを着た人が。賄賂も要求せず、親切な検疫間と税官でした。

私はひたすら

「燃料不足による緊急入港で、燃料を補充したら直ぐ出航するから」

「手続きは無しにしてくれ!」・・と依頼しました。

そんなこんなの交渉が上手く行きまして
税関が休みのスタンドに連絡して、ドラム缶1本配達してくれる事となりました
そしてお金はATMまで検疫官が自動車で連れて行ってくれました。

ラエとは違い、えらい親切です。
銀行ATMでびっくり。なんとATMの前に50人の行列です!

検疫官が銀行のガードマンに話をつけて、なんと行列1番にされてしまいました。

ガードマンが待っている人に
「この人は緊急で島によって直ぐ出航しなければならない」と言ったようでした。

そんな訳で給油も速やかに行きました。

給油後、恐る恐る「市場で野菜類を補充したいが上陸してよいか?」

尋ねると、あっさりOKが出て、山さんと二人で買い物に行きました。
パプア定番の町を行きかうトラック改造バス 市場で買い物

  • 魚や蛸も燻製
  • 生きているマングローブ蟹(2匹320円)
  • オレンジ・・などを仕入れて来ました。
    晩酌のつまみに最高でした!

若水も我々も見世物状態!

気恥ずかしい有名人扱い

あとは、桟橋の見物人の多さに「驚き」と、恥ずかしくて困りました。
若水と我々はまるで見世物みたいでした(苦笑)

とにかく20人から40人の人だかりが、絶えず若水と我々を注視しているので、居心地が悪くて買い物終了後、直ぐ出航しました。

出航時も30人以上の人が、手伝い、そして手を振り見送ってくれました。

恥ずかしくも嬉しい純朴民の眼差し

有難う! マヌスイ島、ロレンガウ村の人たち!



さて、出航後
次々に現れる、大スコール雲を上手く避けて航海しています。
そのうち逃げ切れない大きなスコールにつかまるでしょう。

大スコール雲

あすは赤道越え! あす昼 赤道を越えます。
前回はガラパゴス近辺で北半球から南半球へ今度は北半球へ向かう訳です。

若水の旅もそろそろ最終段階です。あすは美味しいシャンパンで乾杯予定です。

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