パナマに向けて
トラブル続くも元気にパナマへ
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若水は3月12日朝・・アルバからパナマのサンブラス諸島に向け出航すべく
マリーナから⇒出国手続き桟橋に移動しましたが・・・まだアルバに居ます。
イミグレーションの出国手続きが終わり
次はカスタムでシップクリアランスをもらい、と思ったとたん
エンジンが警報音と共にストップしてしまいました。
原因はアルバに着いた次の日。
温水ヒーターのタンク腐食による漏水でタンクを撤去した後
処理不都合でのオーバーヒートでした。
トラブルは日常ですが、こう続くと乗り組み員も疲労しますが少し休んで、幸い修理も終了し、タンクはパナマ受け取りの段取りをつけました。
先日、ダラス~マイアミと乗り継いで、アルバで合流した妻と娘にも元気づけられ、3月15日再出航の予定です。
サンプラスへの航海

スピード記録更新
時化のなか、4晩目深夜にパナマ国ポルトベーロ到着しました。
オランダ領アルバを3月15日昼前出航しました。
20ノット(10メートル)から25ノット(12メートル)の少し強めの東風を斜め後方より受け、快調かつ快適にセーリングを楽しみました。少し波風が強まった程度で、まあ平和な夜でした。
翌16日の日中までは少し強い程度でしたが
16日夜半から30ノットを超える風と波高も2.5〜3メートル超えになり、ついには40ノットの風に変わり、時化になってしまいました。
その様子は写真で見てね、妻と娘はセーリング経験ほとんど無い素人。
不安に耐えた90時間だったことでしょう。
なかなかたどり着けないサンプラス諸島
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着いた所は・・世界遺産の町PORTOBELO(ポルトベーロ)
コロンブスが発見して、カリブ海や中南米の財宝をスペインに送り出す港として有名な町でした。
その町も度々、海賊にやられるため、堅固な砦を築き町と財宝を守ったのだそうです。
苦あれば超楽あり ・・ミラマーに停泊
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クナインデアンのサンブラス諸島には、この港から東に行かねばなりません。
ヨット用語で真登り(クローズホールド)です。
若水のもっとも苦手とするコースで、日中の帆走での到着は無理なため、海図やガイドブックで小さい湾を見つけ、入港しました。
そこはほんとうに小さい湾ですが、外海は時化ているのに波もなく静かで快適でした。
入港時に、ジェットスキーで若水に飛び乗ってきて、コースを教えてくれたフランス人のセグラベンテは
湾を見下ろす丘の上にレストランを・・家族で経営しており、早速我々も南フランス料理を食べに出かけました。
若水の停泊地の直ぐ前には小さいリゾートホテルが出来ており、ちょっと覗きに行くと「ウエルカムですよ」と言われ、ジャグジーやシャワーやレストランバーを自由に使わせてもらいました。
あまり居心地が良いので2泊してしまいました。
いよいよサンプラス諸島です
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やっと到着したクナインデアンのサンブラス諸島ですが
大きい島には300人も400人もいますが、住んでいるのは
- 小さな家で、竹や椰子の葉で出来ており
- 自家発電の電気で、家々の灯りは10時頃に消え、所々に外灯がついていました。
島に上陸して子供たちに道案内を頼みました。
10坪くらいの家がぎっしり並び
- 土間は土で簡易ベッドやマットを土間に敷いていたり
- 炊事場は家の中にある家と別棟にある家がありました。
いずれにしても、日本で捉えるなら、電気が来たばかりの最貧困部落かなあ
と言うところです。
まあ、タイやミャヤンマー、ラオスの国境山岳地帯に暮らすメオ族アカ族の人達と、風貌から生活様式が似ており、私たちと同じモンゴロイドだろうと思いました。
島の暮らしは厳しい
生活の糧は、木彫りの丸太カヌーを操り
- 魚捕りや
- 1時間位離れた本土に行き、焼畑や果樹を取ってくる生活のようです。
島には小さいながら小学校もあるそうですが、就学率はまだまだ低いそうです。
サンプラスの島々
何の産業もない島では現金収入が少ないので、当然私たち観光客になにか土産品を売ったりします。
有名なのは手刺繍で作ったモラですが、以前は知りませんがそのレベルはあまりに低く、1枚10-15ドルの売値ですが、とても買う気にはなりませんでした。
2〜3家族しか住まない、小さくても美しい島々が沢山ありました。
そこは何百人も住む島の人とは又違う感じで、本当の意味で自給自足生活のようです。
若水の泊地は3つの島に囲まれていました。
その2つの島に数家族が住んでいるようですが、井戸が1つしかないため、毎日丸太カヌーで子供(5-8歳位)が器用にカヌーを操り、水汲みに行き来するのが見られます。
毎日のことですから風の強い日や雨の日は大変だと思います。
サンブラス諸島に来るには、かつては小さい飛行機で来るか、ヨットで来るしか方法がありませんでした。
最近はクルーズシップがブームのため、パナマやカリブ海から毎日訪れているようです。
この事は2,000人3,000人単位の観光客が押しかけるわけで、クナインデアンにとってはかなりのプレッシャーだと思います。
これからこの民族はどのように変化していくのかとても興味があり、今後も注視していこうと思いました。
いよいよカリブ海とももうすぐお別れです
サンブラス諸島の小さい島の前にアンカリングしていると
- この辺に居るヨットはカリブ海を回ってきており、これからパナマから太平洋にという船が多く
自然、顔見知りになり、仲間意識が芽生え、寄って来ては情報交換をしてくれます。
今 パナマ運河を渡るべく
パナマの大西洋口であるコロンに居ります。
この町は中南米一危険といわれています。
- 確かに古びて廃墟化したビルや
- 昼から建物の内外でうごめく怪しい人々を見ると
中南米一危険というのも理解できます。
運河越えはかつては、申し込んで72時間待てば渡れたそうですが
今はアメリカから返却されて8年経ち、諸物価も高騰しており・・それに比べて・・
運河の通行料やパイロットの給料は上がらないため、待遇改善サボタージュを始めたそうです。
これはストライキでなく、安全の為、通過作業を確実に且つゆっくり行う為
- 一日に通過できる大型船の数が減り
- ヨットなど不要不急のものは1日3隻・・それも夜間のみ・・とされているのです。
- 3月27日に申請して、31日通行料支払いで、通過日は5月12日となりました。
- 友人は3月27日に申請して、4月3日通行料支払いで、通過日は5月20日になりました。
そんな訳でまだパナマのコロンです。
今居るヨットハーバーは1999年までアメリカの海軍が占領して整備していた、軍人・軍属・運河関係者の為のリゾートのマリーナ部門を、民間に委託した所で、まだ撤去していない施設が沢山あるため、ピストルとライフル携帯のガードマンが要所要所警備しています。
コロンのアンカレッジでは、ここ2週間でヨットの足舟(エンジン付きディギー)が4隻盗難にあったことが信じられないくらい安全です。
そしてここは国立自然公園の一画に面していて
- 10分も歩くと数え切れないほどの野鳥や色々なサルが見られます。
朝と日暮れに散歩をするようにしています。





















