サモア
サモア アピア港に到着
今日は10月13日(月)のはずが12日(日)、又もや日付変更線を越えて一日戻ってしまった。
トンガ・ババウ諸島から丸3日間帆走して、南緯13.49 西経171.5、トンガのヌクアロファに比べて
7度(800kiro)も北に有るため、風も暖かく、いかにも南太平洋の島という感じです
海から見るウポル島は思いのほか大きく、1000メートル近い山や其れに順ずる山の峰が続き、自然の豊かさを感じます。
新築のアピア港
アピアの港は思いのほか整備されており、その上ヨット泊地はマリーナ仕様のポンツーン(浮き桟橋)で、VHFで連絡を取ると、直ぐに向かえに来てくれて案内してくれました。
こんな待遇のよさは久し振りで「サモア、期待以上!」と嬉しくなりました。
しかし今日は日曜日
明日は祭日で入国手続きは火曜日以降になり、商店も皆休みで、楽しみはおあづけです。
マウピィティ島で友達になった、キャリン&ジャン.フランソワのヨットがアピアのポンツーンに居るのを発見しました、早速挨拶に行ってきます。
入国手続き
船上で待つように指示があり、時間は9時から9時半頃とのこと。
9時ポートオーソリティの職員来船 今日午前で次の手続きを行う。
検疫 入港届 税関 入国審査 保健局問診
終わったのは2時 結局半日かかりましたよ。
サモアの景色をお楽しみください
カメラは海水に弱いか?
克ちゃんがサモアダンスを観にいくため船からポンツーンに降りるとき、何故かポチャンと海に落したのです。
先ず真水で洗い、そのあとタオルで拭いて綺麗にしたのですが
やはり ダメでした。
ヨット人生模様
隣のポンツーンに舫っている「アメリカ人カップルが別れることになったみたい」と居候のシルビアが言います。
理由は、彼が新しい彼女を作り、今居る彼女を追い出すというのです。
その予言は見事に当たり、3時間後荷物を抱えて一人出ていく彼女の様子は可哀想でしたよ。
捨てる彼いれば拾う友ありで、元消防士の夫婦が「しばらくウチの船で暮らしなさい」と居候させることになりました。
目出度し目出度し
キャリン&ジャン・フランソワ夫妻を招いて夕食会
マウピティでお世話になったご夫妻。ご夫妻の希望で、全て日本食でパーテーです。
献立一覧
- シャンペン 白ワイン ビール
- 白身(鯛)、マグロの刺身、鯛のアラ煮、白身バター焼き入りサラダ
- 白身とマグロの手こね寿司
- 魚汁
料理担当は二ライ君と徳子姉さん 美味しく食べてもらいましたよ。
ご夫妻には
我々に急用が出来て、タヒチ・マウピィティ島から日本に帰国する際、満席とか乗り継ぎが悪く
困っている時、知り合いの旅行代理店に、我が事のように掛け合ってくれて無事帰国できました。
つまり 恩有る人なのです。
彼らのクルージングは今年で10年を超えて、まだまだ続くそうです。
サモアの自然
サモア一周の旅
同じアピアのハーバーに停泊しているヨット仲間と誘い合わせて、マイクロバスにて観光してきました。
この島は中々豊かで、山あり谷あり。私の拙文より
ここには5つの流れ・・滝、崖、深い谷間、豊かな大地、そして美しい森や海、山
港に浮かぶ戦艦が見晴らせる・・素晴らしい場所だ。
【宝島】・【ジキル博士とハイド氏】とを書き有名な、作家スチーブンソンが長くこの島のバイリマという所に住み、祖国イギリスの友人へあてた手紙に、自分の住むところの紹介をこう伝えています。
車で回っても今も、山は単色な緑でなく、何種類もの樹木が競い合う、濃い濃密な緑が山や谷を覆っている景色を見ると、豊かだなあと思いました。
椰子のプランテーションはどこまでも広く、その中に点在する村人の家は決して豪華ではないものの、土地と暮らす人特有の安定した生活が感じられます。
サモア アピアハーバーの前で日本人発見
歩いてくる東洋人発見。
大木さんと「日本人でないかなあ?」、「今日は」と呼びかけると、やはり日本の方でした。
大野さん・JICAのシニアボランテアで赴任されたばかりとのこと。
ヨットにお招きしてビールで四方山話、丹羽さんと同郷の愛知県出身。
これから2年間 サモアの教育システムに関してご指導の由。
次の日、牛肉の差し入れを受けました、大野さん御馳走様でした。
今日10月17日約500キロ離れた仏領・WALLIS諸島に向かいます。
若水 艇長 菅原 廣










